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ここは新潟県のどまんなか 美しい自然と明るい笑顔

ここは新潟県のどまんなか 美しい自然と明るい笑顔
(2022年11月24日更新)
 南北に長い新潟県のどまんなかに位置するまち、見附市。新潟県の重心地(新潟県の地図を開いたときバランスのとれる地点、北緯37度31分19秒・東経138度54分50秒)が見附市にあります。
 市内には、信濃川水系の刈谷田川が流れ、豊かな水と清涼な空気に恵まれています。豊かな自然、県内でも有数の田園地帯を保有していることから、春の芽吹き、夏の深緑、秋の紅葉と黄金色の稲穂、そして冬の銀世界、四季折々の風情を味わうことができます。
 市内には、医院やスーパーなど生活に欠かせない施設も多くあり、市民の生活を支えています。また、北陸自動車道など交通網にも恵まれ、自動車で30分足を伸ばせば、海に山にさまざまなレジャーを堪能できます。
 そんな、美しく、利便性の高い環境に囲まれて、まちにはいつも市民の明るい笑顔があふれています。

見附市の四季

市内の四季折々の風景

凧合戦 見附まつり樽ばやし大会

6月の大凧合戦、7月の見附まつり。市内が大いに沸きかえります。

見附市の概要

  • 人口 39,252人(世帯数14,102)(令和2年国勢調査速報値) 
  • 面積 77.91平方キロメートル
  • 周囲 71.7キロメートル
  • 東西 11.5キロメートル
  • 南北 14.7キロメートル
  • 標高 海抜最高308メートル 最低10メートル

見附市のあゆみ

 市の指定文化財・耳取遺跡が代表するように縄文・弥生時代に人々の営みが確認されています。16世紀に入り「みつけ」の文字が確認され戦国時代「見附城」をはじめ、多くの山城が築かれました。明治以降の廃藩置県により新潟県主管、明治22年市町村制施行とともに見附町、今町の他、葛巻、庄川、新潟、北谷、上北谷の各村が誕生しました。昭和9年以降町村合併を経て昭和29年3月に人口32,162人で市制を施行、昭和31年今町を合併して今に至っています。
 産業面においては、これまで、肥沃な土地による農業と繊維産業を基幹産業として、まちの発展を遂げてきました。繊維の歴史は1800年頃から始まり、幕末には見附結城が全国的に高い評価を受けるようになりました。その後長い間、見附は、染色・織物・ニットなどの総合繊維産地として知られるようになりました。
 現在では、国道や高速道路などの交通網に恵まれた立地条件から、さまざまな業種の企業が市内に進出してきていて、過去の繊維産業だけに頼ってきた産業構造から、多種多様な業種で支えるバランスの取れた産業構造へと様変わりしています。中でも、プラスチック製品製造、一般機械器具製造、金属製品などが躍進しています。

見附市の沿革

  • 明治22年 市町村制の施行とともに見附町と称する
  • 昭和  9年 庄川村を編入
  • 昭和28年 北谷村を編入
  • 昭和29年 新潟村・葛巻村・上北谷村の一部を編入し、市制施行
  • 昭和30年 長岡市の一部を編入
  • 昭和31年 今町を編入

※平成の大合併では、平成15年度に市民アンケートの結果を受け、合併せずに自律の道を行くことを選択しました。

見附市の紹介(印刷用).pdf(425KB)

冊子『見附市の概要』 見附市のまちづくりとその成果

 

  

見附市の概要_表紙

令和4年度版見附市の概要.pdf(3280KB)

 

見附市のまちづくりとその成果をまとめた冊子です。ぜひ、ご覧ください。

A4サイズ、両面印刷、全6ページ。

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