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    09 神明宮 ※戊辰戦跡

    ページID:0036175 更新日:2025年3月6日更新 印刷ページ表示
    神明宮
     今町は1868(慶応4)年、北越戊辰戦争に巻きこまれ、町のほとんどが焼かれました。幸い神明宮は焼け残ったものの破壊され、翌年5月再建されました。
     その歴史は古く、今町がまだ羽賀新田と呼ばれていたころから、諏方神社と共に産土神(うぶすなのかみ)として崇拝されてきました。すでに1672(延宝4)年の藩の記録に記載されています。
    今町は昔から俳諧が盛んでした。神明宮には、市内最古となる1712(正徳2)年の句帳を始め、他にも3冊の句帳が奉納されています。内容は連句、付け句、発句と多様です。また、投句者は県内一円で、遠く村上地方まで及んでいます。
     境内には古峰神社があり、鳥居右側の「神明宮」の標柱は、小池三男吉(旧中之島村中野小学校長)の書です。